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松江地方裁判所 昭和49年(ワ)55号 判決 1976年7月20日

原告(両事件) 宗教法人世界救世教

右代表者代表役員 川合尚行

右訴訟代理人弁護士 片山義雄

同 阪岡誠

同 野島幹郎

同 沢井勉

同 平山長

同 服部光行

被告(昭和五〇年(ワ)第八号事件) 宗教法人みろく神教

右代表者代表役員 石坂隆明

被告(昭和四九年(ワ)第五五号事件) 石坂隆明

被告両名訴訟代理人弁護士 中根寿雄

同 田村恭久

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は両事件を通じ原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、まず本案前の主張について判断する。

被告は、請求趣旨第一項(三)、(四)の追加は従前の請求たる同項のその余とは請求の基礎を異にし、訴訟手続を著しく遅延せしめるから許されない旨主張する。しかしながら、前示追加部分は、禁止(差止め)を求める行為を具体的に特定したものにすぎず、いずれも従前の請求と同様に原告の宗教活動を妨害する行為の態様を明示してかかる形態による妨害の差止を訴求するものにすぎず、その余の請求部分と基礎を同じくすることは明らかであり、また当裁判所に顕著な本訴訟手続の経緯に照らしても、右の追加のため訴訟手続を著しく遅延せしめるものとは認められない。

被告らの本案前の申立は採用できない。

二、本案についての判断

(一)  請求原因一(当事者の地位等)は当事者間に争いがない。

(二)  請求原因三(一)の事実は当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫によると、同三(二)の事実を認め得る。ところで原告は、被告らが原告の宗教活動を妨害する最大の行為として、みろく神教名を称する点を目し、一次的に、被告らの右名称使用の行為は、本件和解に際し当事者間で成立した諒解事項に反するとして、これにもとづく不作為義務を理由に、みろく神教の名の下による被告らの行為の差止めを求めるが、右諒解事項の成立が認められないことは別紙諒解事項成否についての判断に示すとおりであるから、右一次的主張は、その余を判断するまでもなく失当である。

(三)  次に原告は被告らの右名称使用その他多数の宗教活動妨害行為を挙げ、これが不法行為であることを理由として差止を求めるので、まず宗教活動を目的としている者が、同様に宗教活動を目的とする他の者あるいは右目的のために率先従事する者に対して、後二者の諸行為の差止を求めうる根拠および限界について検討するのに、宗教活動を目的とする前者は憲法二〇条により保障された信教の自由に由来する宗教活動の自由という人格的利益を有するものというべく、右人格的利益を侵害されている場合においては、加害者に対し、現に継続中の侵害行為を排除し、或いは将来に生ずる虞ある侵害行為の予防を請求し得るものと解するのが相当である。なるほど人格的利益の侵害に対する司法的救済手段として、一般法たる民法は損害賠償ないし原状回復を認めているに止まるけれども、右は単に過去に行われた侵害行為の効果として過去において蒙った被害の回復方法を定めたものにすぎず、右規定のあることをもって、現に継続しもしくは将来発生すべき侵害行為の現在以降の差止を求めることを否定する趣旨をも包含すると解釈するのは相当でない。また経済活動の自由としての人格的利益に対する侵害行為につき、商法、不正競争防止法、工業所有権関係法等の特別法が、一定の要件のもとに差止請求を認めているところ、これら特別法の規定のあることをもって、右の法規定の直接に関係しない分野の人格的利益の侵害につき、その差止請求を否定する趣旨のものであると解釈するのも相当でなく、むしろ、これら特別法上の諸規定は、現行法上人格的利益一般の侵害に関する将来の差止請求を肯認する法意を示すものと理解すべきである。人格権の侵害に対する差止請求を以上の如く肯定するとしても、他方、相手方すなわち前示後二者の保有する表現の自由、信教の自由等諸々の人格的利益等も亦保護さるべきこととの対比上、前出の差止を許容するについては侵害行為に高度の違法性が認められる場合に限局すべきものといわざるをえず、右違法性の有無について当該加害行為の具体的内容および加害者の意図ならびに加害者においてこれが差止を受けることによって蒙るべき損害等加害者側の事情は勿論のこと、被害者側における事情殊に当該行為を差止めなければ回復し難い損害を受けるおそれがあること等の事情を慎重に検討したうえ、これら双方の具体的利益を比較衡量してこれを判断すべきものというべきである。

(名称使用について)

請求原因三(一)、(二)すなわち被告らがみろく神教の名を自らに冠しあるいはその名の下に活動していることは前示のとおりであり、また≪証拠省略≫に照らすと、被告らにおいて同一の名称を現になお使用していることは明らかであり、かつ被告らにおいて、将来に亘ってもこれを使用するであろうことも容易に推認される。

ところで原告は右「みろく神教」なる名称は、原告の名称と類似性(まぎらわしさ)を持ち、かつ原告の宗教活動を妨害する意図のもとに使用が継続されているもので、許されない旨主張し、その根拠として原告の設立に関する経過を挙げる。

まず、原告が、教祖岡田茂吉により昭和一〇年一月一日創立された宗教団体「大日本観音会」を母体として昭和二二年八月三〇日設立にかかる宗教法人日本観音教団を前身とし、昭和二五年二月四日設立登記された宗教法人であること、かつて宗教法人日本五六七教会および宗教法人日本五六七教が存在したことは、いずれも当事者間に争いがないところ、≪証拠省略≫によると、宗教法人日本五六七教は、昭和二四年二月二五日主管者を渋井總三郎として設立登記されたこと、一方宗教法人日本五六七教会は、もと宗教法人日本観音教五六七会(みろく会)なる名称のもとに昭和二二年一〇月六日設立されて日本観音教団に所属する宗教法人であり、渋井總三郎を主管者としていたが、昭和二三年一〇月二八日所属を離脱し、同月三〇日所属教団名称登記を抹消したうえ、その名称を前示の宗教法人日本五六七教会とする変更登記をなし、昭和二四年六月五日、宗教法人日本五六七教の所属に入るとともに名称を日本五六七教五六七教会東京別院と変更し、同年六月一八日その旨の登記を経るに至ったものであること、しかして宗教法人日本五六七教は、昭和二七年六月一七日総会決議により解散となり、同年七月一日その旨の登記がなされたこと、前出の渋井總三郎は宗教法人日本観音教団の設立以降その主管者であったが昭和二三年一〇月三〇日右地位を辞任していること、なお原告が前示のとおり昭和二五年二月四日設立されたのは、宗教法人日本観音教団を発展的に解消した結果であることを、それぞれ認めることができ、以上認定の事実によれば、原告が宗教法人日本五六七教会および宗教法人日本五六七教と法的連続性がなく、この意味において、これら各宗教法人が原告の前身と評価し得ないことは明らかである。よって、原告が、その設立に関する経過をもって、類似性を基礎付けようとする前記主張は理由に乏しい。

次に法的連続性の点をおくとしても、≪証拠省略≫によれば、教祖岡田茂吉が自らの教えとして信者らに対し、五六七を以てミロクと読むことは「五十六億七千萬年の後に彌勒菩薩になり、この世に現れる。」と釈迦が言ったことに由来すること、また右にいう五十六億七千万年後に下降する彌勒菩薩とは日月地大神のことであり、自らの言うみろくおおみかみであることを、それぞれ説いていることがうかがわれ、このことと、前示のとおり岡田茂吉創設にかかる宗教団体大日本観音会を母体とする宗教法人日本観音教団の中に、宗教法人日本五六七教会の前身たる宗教法人日本観音教五六七会(みろく会)が所属して存在していたことを合わせ考慮すると、原告がその前身であると主張する宗教法人日本五六七教会および同日本五六七教なる名称は、岡田茂吉が、釈迦入滅後五十六億七千萬年後に彌勒菩薩が下降するといわれていることから、五六七という接続する漢数字をミロクと読ませる方法を採ったことに由来するものと推認することができる。従って、宗教法人日本五六七教会および同日本五六七教なる名称の独創性は、「ミロク」なる呼称自体にあるのではなく、右呼称に「五六七」なる漢数字をもってあてはめた点に存在するものと解するのが相当である(因みに、「ミロク」なる呼称自体は宗教上の用語としては普遍的なものであって、格別の独創性を持たないことは公知の事実である。)。そうだとすれば、被告らの使用する「みろく神教」なる名称が、宗教法人日本五六七教会或いは同日本五六七教なる名称と類似性をもつと言えないことは明らかであり、この点からも原告の前記主張は採用できないのである。

更に、原告は類似性を有することの根拠として、原告の御神体が「みろくおおかみ(五六七大神又は大光明真神)」と呼称されていることを挙げる。なるほど、≪証拠省略≫によれば、原告の祭神はみろくおおみかみと呼ぶ大光明真神であり、これが神体であるとともにお唱えの神名になっていること、また大光明真神はみろくおおみかみと呼ぶ日月地大御神と同一であり、みろくと呼ばせる他の言語に、前出五六七のほか三六九、火水土もあること、みろくおおかみと呼ぶ大光明神、日月地大神も大光明真神、日月地大御神と同一でありかつエホバ、メシヤ、天帝と同一であるとされていること、以上は肯認できる。しかしながら、「みろくおおみかみ」或いは「みろくおおかみ」なる呼称の主要部は「みろく」にあると解される(およそ信教や信仰の場において「神」とか「仏」という語を付するのは当然のことであり、神号は問題となりえよう筈はないから)ところ、これが呼称はそれ自体普遍的なものであること前説示のとおりであるから、前出主張も採用できないこと明らかである。

≪証拠省略≫によると、原告の神体が「みろくおおかみ」と呼称されていること等から、被告石坂の主宰する被告宗教法人が、あたかも原告の一分派であるかの如き誤解を受けた者が巷間存在することは否定できないと認められるけれども、本件全証拠によるも、その程度が原告の宗教活動上重大な支障をきたすに至っているものとは到底認められない。むしろかような事態は、当該誤解の対象となった「みろく」なる用語(呼称)が普遍的なものである以上、必然的に惹起されざるを得ない現象であって、別これを異とするに足りないというべきである。

加えるに、本件全証拠によるも、被告石坂が原告の宗教活動を妨害する目的で「みろく神教」の名称を使用している事実を認めるに足らず、かえって≪証拠省略≫によれば、右名称は、被告石坂が本件和解成立直後の弁護士ら同席の役員会席上、原告と袂別して新しい宗教法人を設立するにあたり、教祖岡田茂吉の教えを忠実に実行せんとの意図から教祖の独創にかかる祭神「みろくおおみかみ」に着眼してこれを考えつき、その場で公表したものであることが認められ、右経過に照らすと、被告らの右名称使用の事実は、格別原告の宗教活動を妨害せんとする意図に出たものでないことがうかがわれるのである。

以上、いずれの点からみても、原告の前記名称使用差止に関する主張は理由がない。

(印刷物等複製頒布について)

≪証拠省略≫によると、請求原因三(三)(各印刷物等頒布の事実、但し、別紙目録(一)ないし(四)の書籍頒布の点は当事者間に争いがない。)が認められるところ、≪証拠省略≫によれば、被告らが信者らに頒布した別紙目録の書籍、印刷物には、原告の教祖岡田茂吉の著作物、論文が随所に引用されていること、そして右原著述には、執筆当時の風潮や医学界の在り方を、相当強い表現で批判したものがあるところから、原告においては、現段階でこれらの著述を公表することは原告の教義、方針を充分に咀嚼しえない人々に曲解されるおそれがあると判断し、布教担当者に対し慎重を期するよう繰り返し注意を促し、現教主の時代に入ってからはこれらの著述を当分の間非公開となすべき旨の布達をなした事実を認めることができる。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、右各出版物はいずれも原告名義ではなく浄霊医術普及会或いは同会内救世神道光友会名義で発行されていることが明らかであり、従ってその内容等にまつわる発行、頒布に関する責任は当然右浄霊医術普及会等および被告らに帰せられるべき筋合のものであり、仮に前示引用にかかる著述部分が世間の誤解を受け、これがひいて原告の宗教活動になんらかの影響を及ぼすことがあるとしても右はあくまでも間接的たるに止まるものというべく、これをもって原告に回復し難い損害を蒙るおそれがあるとまでは解されない。

(告知行為および噂の伝播行為について)

≪証拠省略≫によると、被告石坂らは、請求趣旨第一項(四)(1)、(2)ならびに同項(五)(1)ないし(5)の如き内容の事柄を他人に告知したこと、および藤井良子、渡辺敬その他の者らにおいて、同項(五)の(6)ないし(11)の如き内容の言辞を他人に弄した事実を一応認め得る。そして弁論の全趣旨からうかがわれる従来からの原、被告らの間の紛争の実態等に照らせば、勢いの赴くところ、将来にわたって、同種行為が反覆される虞のあることは一概にこれを否定できないといわざるをえない。

しかしながら、右第一項(四)(1)、(2)および同項(五)(1)ないし(5)の事項はいずれも、主として信仰、宗教上の批判を内容とするものというべきところ、≪証拠省略≫によりうかがい得る原告の宗教法人としての組織、規模ならびにその活動状況に鑑みると、これがため原告に回復し難い損害を蒙るような事態が生ずるとは到底考えられず、むしろ、このような宗教上の批判は、着実な宗教活動の積み重ねを通じて克服、解消してゆくことが期待されているものというべく、それによって宗教法人として、一層健全な発展を遂げることができると考えられるのである。

また第一項(五)(6)ないし(11)の如き言動につき、被告らがこれを教唆し、もしくは指示した事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、将来被告らにおいてこれと同種の行為に及ぶおそれがあることを認め得る確たる証拠もない。仮に右のような事実があったとしても、これらについても、前段説示したところと同様、原告の宗教活動を通じてこれら中傷を克服解消してゆくことが可能であり、これがため回復し難い損害を蒙るおそれがあるとは解されない。

以上説示したところに従えば、不法行為を理由とする本件差止請求はいずれも理由のないことが明らかである。

三、よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今枝孟 裁判官 那須彰 皆見一夫)

<以下省略>

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